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最終更新日:2006年2月18日(土)


馬文化ひだか:馬を知る:馬の北海道史


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江戸時代、夏の間使役するために連れてきた南部馬が冬期間北海道に放置され、気候風土に適応するようになったものが北海道和種、いわゆるドサンコである。19世紀初めに著された『松前志』や18世紀末に著された『東遊雑記』に、南部馬などの内地馬とはやや異なる資質をもつ蝦夷地の馬についての記事がみられることから、この頃には既に北海道和種が成立していたとみることもできる。北海道和種は山林原野に周年放牧して飼育されるのが基本であり、その飼料はミヤコザサが中心となっている。したがって、飼育されている地域はミヤコザサの分布と重なりあっていた。

馬車が普及する以前は馬による物資運搬は駄載が中心となっていた。体高が低く体の大きさの割には駄載可能な重量が大きい北海道和種は駄載に適した品種であった。モータリゼーションの普及と道路整備が進んでからも、山中における高圧鉄塔の建設などでは北海道和種による駄載が大きな役割を発揮した。駄載には「駄づけ」とよばれる技能が必要であるが、道南地方にはこうした技能を継承している人たちも現存している。現在の飼育頭数は、かつてに比べれば著しく減少しているとはいえ、在来8種のなかでは格段に多く、約1,800頭が道南地方を中心に飼育されている。

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