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最終更新日:2006年2月18日(土)


馬文化ひだか:馬を知る:馬と人間の歴史:室町・戦国時代から江戸末期


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日本における馬の歴史
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室町時代には明との貿易が盛んになるが、このとき馬の輸出入も若干おこなわれている。また、南蛮貿易では洋種馬も輸入されるようになっていたようだ。

騎馬図鑑
騎馬図巻(部分)/鎌倉時代 (馬の博物館蔵)
たとえば、薩摩の島津貴久は天文年間(16世紀中頃)にペルシャ馬を輸入したと伝えられている。享徳年間(1530年頃)に奥州田名部の領主・蠣崎氏がロシア・モンゴルから数百頭の馬を輸入したという伝説もある。八代将軍吉宗はペルシャ馬を輸入したとされている。しかしながら、いずれも馬匹改良に資するところはあまりなかったとみてよさそうである。

戦国時代も馬は重要な武器であった。甲斐武田氏の騎馬軍団は特に有名であり、長篠合戦で織田信長の鉄砲隊が武田氏の騎馬軍団を打ち破ったことは一般によく知られている。しかし、近年の研究によると、槍を持った武田方の騎馬武者を三段構えの鉄砲隊が撃退したというのは史実とは異なるようだ。実際には、合戦場までは騎乗するが、戦場では徒歩で槍をもって突撃していたようである。ちなみに、鉄砲の三段撃ちも史実ではないといわれている。

「富岳三十六景・甲州犬目峠」
富岳三十六景・甲州犬目峠(葛飾北斎)/江戸時代
(馬の博物館蔵)
近世になると商品流通が盛んになり、流通手段としての馬の重要性も高まった。しかしながら、わが国では馬車はあまり発達せず、もっぱら駄載による輸送が中心となっていた。
江戸時代になると新田開発が盛んにおこなわれたが、その多くは湿地帯が多く馬耕には向かなかった。江戸時代前半は畜力利用よりも人力が中心だったといわれている。しかしながら、18世紀頃には北九州で乾田馬耕がおこなわれるようになり、これが後の明治農法の原点となった。

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